進撃の巨人外伝1
「ついに、ついにできた!これさえあれば・・・ふふふ」
最近、ハンジは研究室にこもりっきりになって、怪しげな作業をしていた。
たまに白衣を色とりどりに染め、眼鏡にひびが入った姿が見られ、明らかに何かの実験をしているとわかる。
実験台にされてはたまらないと団員は敬遠しており、ハンジはいつも何かを呟いていて周囲が目に入っていなかった。
そして、とうとう望むべきものが完成したのだ。
真っ黒な液体が入った瓶を片手に、ハンジは目を爛々と光らせる。
そして、実験台を探そうと外へ飛び出た。
ハンジが手にしているものを見ると、皆、目を合わせないようにしてそそくさと視界から外れて行く。
しかし、ハンジの狙いは二人だけだった。
「、エレン!やーっと見つけたよ!」
いつものように一緒に居た二人は、大声で呼ばれて目を丸くする。
全速力で向かってくるハンジを目の当たりにしたとたん、エレンは嫌な予感がしていた。
「分隊長さん、何持ってるの?」
純粋な好奇心からが聞くと、ハンジは怪しく笑った。
「よくぞ聞いてくれた、これは、巨人を小さくする薬さ!」
これが目に入らぬかと言いたげに、高々と黒い液体を掲げる。
それは意外にもまともなものだったので、エレンも興味が湧いた。
「凄いじゃないですか!どれくらい小さくできるんですか?」
「それが、まだ実験していないからわからないんだ。。
そこで・・・君達のどちらかに協力してほしいと思って」
質問なんてせずにさっさと立ち去ればよかったと、エレンは後悔する。
巨人の筋組織を持つと、巨人になれるエレンは、格好の実験台だった。
「・・・ちゃんと元に戻れるんですよね?」
「うん、即効性があるかわりに持続性も短いはずさ、たぶん」
最後の一言が不安でならなくて、エレンは逃げ出したくなった。
そうしてエレンが不安感を隠しきれないでいると、が一歩前に進み出た。
「いいよ、ボクが実験台になっても」
「本当!?いやー嬉しいなあ、じゃあ、ぐいっといってくれ!」
「あ、リ、」
エレンが止める間もなく、は黒い液体に口を付けた。
とても飲み物とは思えないような、科学的な味がして胸やけしそうになる。
どろどろとした液体は口の中にまとわりつき、やっとの思いで飲み干した。
エレンは心配そうに、ハンジは期待のこもった目でを見る。
は苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、体に変化は表れなかった。
「あれ、おかしいなあ。やっぱり人には効かないのか、即効性を重視した配分が間違ったのか・・・」
「・・・ボク、水飲んで来る」
嫌な味がしつこく残っていて、気分が悪くなる。
腹部を通って、液体が全身にまわってゆくような感覚がし、はたまらず食堂へ向かった。
食事の時間外の食堂に人気はなく、は適当なコップに水を汲んで一気に飲んだ。
口内の苦々しいものは消えたが、気分は一向に良くならない。
体が気だるくて、部屋の隅に座り込む。
エレンがこんな思いをしなくてよかったと、は遠のく意識の中で思っていた。
昼食の時間になったが、は食堂に表れなかった。
エレンとも、リヴァイとも一緒にいるわけではない。
責任を感じているのか、ハンジは研究を中断してエレンと共にを探しまわっていた。
「どこに行ったんだろう・・・まさか、米粒程度に小さくなったってことはありませんよね」
「流石にそこまで小さくはならないよ、せいぜい半分くらいのはず・・・」
ハンジがそう言ったところで、廊下の角に誰かがさっと隠れた。
もしやと思い、二人は走る。
曲がり角を曲がると、その人影は次の角にさしかかっているところだった。
「ま、待って!」
呼びかけるが、相手は振り向かない。
そうした追いかけっこは、しばらく続いた。
相手は疲れを知らないのか、全く止まる気配がない。
だが、行き止まりになり、とうとう逃げる場所がなくなった。
「や、やっと・・・追いついた」
二人は、ぜいぜいと肩で息をする。
目の前には、ちょうど、の半分くらいの身長の子供が佇んでいた。
年は10歳前後に見え、ハンジは満面の笑みを浮かべた。
「やっぱり薬は成功してたんだ!即効性にはまだ問題があるみたいだから、さっそく血液サンプルを取って改良に取り掛からないと」
興奮したハンジが、どこからともなく注射器を取り出す。
それを目の当たりにしたは、とたんに二人を睨んだ。
「、どうしたんだ?」
鋭い目つきで睨まれ、エレンが不思議そうに尋ねる。
一歩を踏み出すと、は後ずさった。
明らかに警戒していることがわかる様子に、エレンは戸惑う。
「・・・もしかして、記憶障害が起こっているのかもしれない」
「え・・・で、でも治りますよね?」
「うん、効果が切れれば元に戻るはず。でも、念のため血液サンプルを取っておこうか」
ハンジが注射器を持ったまま、ににじり寄る。
すると、は二人の脇をするりと抜け、また逃げ出した。
「ハ、ハンジさん、注射器を堂々と見せて近付くからですよ!オレ、捕まえてきます!」
とっさにエレンも駆け出し、後を追う。
このままの記憶が戻らないなんて、絶対に嫌だった。
人と違うことを共感してくれる相手は、彼しかいないのだから。
追いかけたものの、との距離は中々縮まらない。
捕まえる前に自分がばててしまうと感じたエレンは、だめもとで呼びかけた。
「待ってくれ!鬼ごっこはやめて、隠れんぼしないか!」
こんな提案が通じるだろうかと懸念したが、次の曲がり角を曲がったところでは止まっていた。
警戒心を秘めた目つきはそのままに、一定の距離を空けている。
今すぐにでも手を掴みたかったが、一歩でも近付くとまた逃げられそうで、エレンは離れたままでいた。
「今から30秒数えるから、その間に隠れてくれ。ただし、宿舎の中限定で頼む」
は、エレンの胸の内を探る様に、じっと凝視する。
そこには以前のような親愛は一かけらもなく、エレンは寂しさを覚えた。
やがてが頷くと、エレンは後ろを向いた。
「じゃあ、数えるぞ。いーち、にー・・・」
背後で、軽い足音が遠くなってゆく。
気配がなくなっても、エレンは律儀に数字を数え続けた。
「エレン、お前廊下の真ん中で何やってんだ」
「さんじゅう・・・あ、兵長、今と隠れんぼしてるんです」
「何ガキっぽいことしてやがる、そんな暇あったら・・・」
「い、いえ、これには事情があるんです」
自分の年齢で、本気で隠れんぼなどしていたら咎められかねない。
エレンが急いで事情を説明すると、リヴァイが舌打ちした。
「あのクソメガネ、厄介な事ばっかりしやがって。。
走り回らなくしたのはいいが、あいつは気配を消せる、そう簡単には見つからないんじゃねえのか」
「・・・見つけてみせますよ、絶対に」
リヴァイの口調が挑発的に聞こえて、エレンは半ばむきになって答えた。
だが、リヴァイの言う通り、簡単には見つからなかった。
部屋を一つ一つまわり、ベッドの下まで探すが、いない。
気配を消しているのか、ここにいそうだという予感がせず、かなり苦戦していた。
もしかしたらリヴァイの部屋に行っているのではと思うが、それならとっくに発見されているはず。
のことなので、人が集まっている部屋には進んで隠れはしないだろう。
エレンは、もう一か所だけ、が行きそうな場所へと向かった。
エレンが最後に来たのは、自分の寝室である地下室だった。
冷え冷えとした空間を、注意深く見回す。
一見、人がいる気配はなかったが。
もし、の心のどこかに自分との出来事が残っていたなら、ここに来ているかもしれない。
むしろここにいてほしいと、エレンは望んでいた。
隠れられそうなベッドの下、戸棚の中を見るが、いない。
元々物が少ない地下室で、潜んでいられそうな場所は他になかった。
エレンは肩を落として、上へ上がろうとする。
そのとき、扉が勢いよく締まり、鍵のかけられる音がした。
まさかと思い、ノブを回す。
嫌な予感通り、扉はぴくりとも動かなかった。
「、いるのか?開けてくれ!」
呼びかけるが、反応はない。
エレンは大きく溜息をついて、その場に座り込んだ。
扉の中から音が聞こえてこなくなり、うまくいったとはほっとする。
隠れんぼに付き合うふりをして、ずっと後をついていたことは最後まで気付かれなかった。
捕まったら、きっと眼鏡の人の所へ連れて行かれて、痛い事をされるに違いない。
「ずいぶんと悪知恵が働くもんだな、よ」
は、びくりと肩を震わせて振り返る。
背後には厳しい目をした相手がいて、とっさに距離を置いた。
油断ならない雰囲気があり、反抗的な目で睨む。
「ガキが、いい目つきしてやがる」
剥き出しの敵意を受け、リヴァイは口端を上げる。
はその表情が恐ろしく感じられて、思わず後ずさった。
静かな空間に、緊張感が走る。
少しでも動けばとたんに捕らえられてしまいそうで、ただ睨むことしかできなかった。
リヴァイが一歩近付くと、はその分離れる。
この相手は危険だと、本能的に察知していた。
いつまでも後ろには引けず、壁に背がつく。
それでも距離を詰められたとき、は思い切って駆け出した。
横をすり抜けようとしたが、それを見逃すほどリヴァイは甘くない。
通り過ぎようとするの腕を強く掴み、瞬く間に捕らえていた。
「う・・・!」
は手を振りほどこうともがくが、びくともしない。
やがて、諦めたように動きを止め、俯いた。
抵抗しなくなったのを確認すると、リヴァイが地下室の扉を開ける。
「エレン、何情けない恰好してやがる、さっさと立て」
エレンはうずくまって明らかに落ち込んでいたが、リヴァイの声がしてさっと立ち上がった。
「・・・ありがとうございます、兵長」
素直に喜べなくて、感謝の言葉に棘が残る。
は、エレンを見て一瞬顔を上げたが、すぐに視線を合わせないよう俯いた。
叱られると覚悟したとき、体が小刻みに震える。
怯えている様子を見ると、エレンは中腰になって、と同じ高さになった。
「大丈夫、怒ってないよ」
安心させるよう、俯いたままの頭をそっと撫でる。
はまだ震えていたが、リヴァイが手を離しても逃げなかった。
頭を撫で続けていると、がおずおずと視線を上げる。
そこには、警戒心ではなく怯えが映っていた。
まるで、自分以外の全ての相手に傷付けられる恐怖と戦っているような瞳。
相手に心を許すことを知らず、ずっと警戒しながら生きてきたのだろう。
幼少期の頃からどんな辛い思いをしてきたのだろうかと想像すると、いたたまれなくなった。
「、オレのことも、兵長のことも、覚えてないのか?」
は何かを考えるような間を空けてから、頷いた。
人の記憶は薬の作用でこうも簡単に消えてしまうものなのかと、エレンは落胆する。
「俺はハンジを呼んで来る。ヘマしたのはお前だ、世話してろ」
リヴァイが立ち去ろうとすると、は反射的に振り返る。
記憶はないはずだが、無意識の内に背を見送っていた。
が反応した様子を見て、エレンは露骨に嫉妬していた。
自分の事は覚えていないのに、リヴァイのことは頭の片隅に残っているのだとわかると、どうしても思い出させたくなった。
リヴァイがいなくなると、エレンはふいにを抱き上げた。
急に視界が高くなって驚いたのか、目を見開いている。
「、前、地下室で一緒に寝たよな?それで、そのとき・・・」
エレンは言葉を中断し、の耳に唇を触れさせた。
とたんに肩の震えが伝わり、その反応の仕方は以前と同じだった。
エレンは耳朶を甘噛みし、小さな耳を舌でなぞってゆく。
「や、ぁ・・・」
声変わりしていない、高い声が聞こえると、求め合った時のことを思い出してしまう。
少し恥ずかしい思いをさせたくなって、音をたてて内側を舐める。
声を我慢する癖は相変わらずなのか、は体を小刻みに震わせていた。
「・・・これでも、思い出せないか?」
顔を覗き込むと、刺激が強すぎたのか、は顔を真っ赤にしていた。
戸惑っている様子が愛らしくて、エレンは何かに目覚めてしまいそうになる。
思わず頬を寄せると、子供の柔らかい肌と高めの体温が伝わってきて、抑えが効かなくなりそうだった。
「オイ、テメェガキ相手に何してやがる」
「うわぁ、エレンってそんな趣味あったんだ」
いつの間に戻って来ていたのか、リヴァイとハンジは訝しむようにエレンを見ていた。
「え、あ、あの、これは、思い出させようと思って」
「てめえに預けるのは危険だな。、こっちへ来い」
エレンが動揺している隙に、はさっと腕から抜け出した。
そのままリヴァイの元へ行くかと思いきや、ハンジがいるからか足が止まっている。
「ほら、もう注射器は持ってないよー」
ハンジは両手をひらひらとさせ、傷付ける物は持っていないとアピールする。
それでも、は迷っているのか、エレンとリヴァイを交互に見ていた。
一体、どちらが自分にとって脅威ではないのかはかりかねているようだ。
「・・・ハンジ、一旦向うへ行ってろ」
「悲しいけど、そうするしかなさそうだね」
一回生まれた警戒心はそう簡単に払拭できないと察し、ハンジが遠ざかってゆく。
すると、はじりじりとリヴァイの方へ近付いて行った。
先のことがあるから仕方がないかもしれないが、それでもエレンはショックを隠せなかった。
―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
まさかの番外編、そしてショタです。ハンジの薬であるあるネタをやってみたくてやった、後悔はしていない。
番外編なので短いですが、消化不良だった分を書き切って、をデレさせますー。